【豆知識】スポーツカー時代の幕開け! 1960年代前半の国産スポーツカーまとめ

2019.02.14
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設計・開発のすべてを純国産にこだわり、国産乗用車の礎となった「トヨペット クラウン」が誕生したのは、1955年のこと。このクラウンをきっかけに本格的に国産車の時代が幕を開けますが、1960年代になると早くもスポーツカーが続々と生まれてきます。そこで今回は1960年代前半、元号で言うと昭和35年~39年に登場した国産スポーツカーをいくつか紹介しましょう。

プリンス スカイライン スポーツ(1962年)

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日本で初めてスポーツ志向を持つ車として作れたのが、1962年に登場した「プリンス スカイライン スポーツ」です。イタリアンデザインを持つ初の国産車としても知られており、そのデザインを手がけたのはイタリア人カーデザイナー、ジョバンニ・ミケロッティでした。エンジンは4気筒の1.9L OHVで、最高出力は94ps。

全長4,650mm×全幅1,695mm×全高1,410mmという当時としては大柄なボディは、ピュアスポーツというよりラグジュアリースポーツでしたが、1963年の「第1回日本グランプリ」にも出場しています。

大卒初任給がようやく2万円に届こうかという時代にクラウンの2倍、一般的な大衆車の3倍となる185万円(コンバーチブルは195万円)もの価格はあまりにも高価で、わずか60数台が生産されたのみという希少な車です。

ホンダ S500(1963年)

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1962年にホンダ初の4輪自動車「T360」(意外にもホンダ初は軽トラックだった)が登場した翌年の1963年、ホンダは同社初の4輪乗用車をデビューさせました。それが2シーターオープンの「S500」です。

1962年の「第9回 全日本自動車ショー(現在の東京モーターショー)」に出展されるや大きな反響を呼び、45万9000円という手価格もあって身近なスポーツカーとしてヒットモデルとなりました。ちなみに、全日本自動車ショーでは軽自動車バージョンの「S360」も同時出展されていましたが、360ccエンジンではパワー不足だったことなどの理由から発売は叶わず。

S500は44psを発生する4気筒530ccDOHCエンジンを搭載するFR(後輪駆動)。チェーンで動力を伝えるところに、ホンダがバイクメーカーであることを感じさせます。S500その後、S600、S800へと進化。Sシリーズは1970年まで生産されました。

いすゞ ベレット 1600GT(1963年)

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「いすゞ ・ベレット」は、1963年に発売された2クーペ/4ドアセダン。当時、まだ珍しかった四輪独立懸架を採用するなど、意欲的なメカニズムが採用され、同年にはスポーツモデルの「1500GT」が、そして翌1964年には「1600GT」が誕生します。

2ドアクーペに設定された「1600GT」は、その名の通り1.6LのOHVエンジンを搭載し、SUツインキャブにより最高出力は88ps。トランスミッションは4速MTが組み合わされ、940kgの軽量ボディのおかげもあり、最高速度は160km/hに達したと言います。

「ベレG」の愛称で親しまれたベレットGTシリーズは、国産車として初めて「GT」を名乗るモデルでもありました。価格は当時、93万円。1969年には、117クーペ用に開発されたDOHCエンジンを搭載する「GTR」に進化し、1970年代まで生産されます。

プリンス スカイライン2000GT(1964年)

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スカイラインは、1957年に初代モデルが登場(先に紹介したスカイライン スポーツは派生モデル)。1963年にフルモデルチェンジを実施し、2代目のS50型となります。翌年、この2代目スカイラインのラインナップに加わったのが、S54型「2000GT」です。

ロングノーズのスタイリングは、6気筒エンジンを搭載するため通常モデルに対して200mmもボディが延長されたため。このエンジンは、2.0L SOHCでウェーバー3連キャブにより125psを発生しました。最高速度は、当時国内最高だった180km/h。

なぜ、プリンスはこんなにもスカイラインのパフォーマンスアップを図ったのでしょうか。その答えは、「日本グランプリ」への挑戦にありました。1963年の「第1回日本グランプリ」で結果を出せなかったプリンスが、「第2回日本グランプリ」に勝つべく2000GTを開発したのです。結果は、優勝こそ果たせなかったものの、一時「ポルシェ904」を抑えて首位にたつ活躍を見せました。これがいわゆる「スカG伝説」のきっかけとなった出来事です。

トヨタ スポーツ800(1965年)

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2000GTの弟分だと思われている方もいるかもしれませんが、デビューはスポーツ800(通称:ヨタハチ)の方が先。790ccの空冷水平対向2気筒をはじめ、「パブリカ」の基本的なコンポーネントを活用してヨタハチが誕生したのは、1965年のことでした。

プロトタイプの「パブリカスポーツ」で採用されていたスライド式のキャノピーこそ実現したなかったものの、航空機のような空力を最大限に考慮して作られたスタイリングが、大きな特徴。ボディサイズは、3,580mm×1,465mm×1,175mmとコンパクト。車重も580kgと軽量で、最高出力はわずか45psながら、4速MTにより155kmの最高速度を誇っていました。

浮谷東次郎選手によるモータースポーツでの活躍もヨタハチ人気を確たるものにしましたが、59.5万円の低価格で本格的なスポーツカーが手にできたことは大きく、日本にスポーツカーファンを増やした立役者のひとつと言えるモデルでした。

初代クラウンの誕生から10年の間に、名車として語り継がれるスポーツカーがこんなにもたくさん生まれていたことに驚きますよね。1960年代後半になると「2000GT」や「コスモスポーツ」、「フェアレディZ」などが登場し、第一次スポーツカーブームとも言える時代がやってきますが、こちらについてはまたいずれ!

text by 木谷宗義

▼60周年を迎えたスカイラインの歴史を紐解く・その1「ALSI型~R30型」
https://kurutopi.jp/article/5685

▼トヨタ2000GT ~発売50周年を迎えた日本のレジェンドスポーツカー~
https://kurutopi.jp/article/7678

▼歴史に名を残す名車たち 1950年代の国産車編
https://kurutopi.jp/article/4309

▼ホンダ初の四輪自動車は軽トラックの「T360」だった
https://kurutopi.jp/article/1816
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