人々を笑顔にしたあの「赤いクルマ」のお話

2015.11.19

 

出典:http://www2.mazda.com/

 


1980年に登場した5代目「マツダ ファミリア」は、若者を中心に社会現象になるほど大ヒットしたモデルです。どれくらい凄かったの?と思われた方、懐かしい!と思われた方、世代によって様々かと思います。


今回は、そんな35年前の偉大なモデルにまつわる問題です。さっそく解いてみましょう。

 

 

1級(第2回)

1980年、駆動方式をFFに変更して発売された5代目「マツダ ファミリア」は、当時、月間販売台数トップを記録するなど、ヒット作となりました。このクルマに関する記述として、適切でないものはどれですか?

①ドアの内張りとシートの背もたれ部が独特の形状をもつ「リビングソファシート」が設定された。
②第1回「日本カー・オブ・ザ・イヤー」受賞車となった。
③ターボグレードが後に追加された。
④「陸(おか)サーファー」という流行語を生むきっかけになった。

 



いががでしたか、少し難しかったでしょうか?
解説文の中に正解がありますので、確認していきましょう。

 

 

5代目ファミリアが誕生した背景とは・・・?


1970年代、2度のオイルショックにより、マツダは販売面で大変苦戦していました。この状況を打開するため、広島本社の社員は全国の販売店へ出向、営業マンとして車を販売する作戦に出ました。

 

これによって、技術者は、営業マンが直に聞いたユーザーの声をクルマの製造に活かすことが出来、次期ファミリア(5代目)が誕生しました。


こうした背景から、若者に明るく、爽快な気分で乗ってもらうことをコンセプトとして、5代目ファミリアは3ドア/5ドアハッチバック、4ドアセダンのラインナップで1980年に発売されました。

 

駆動方式はFFを採用し、4輪ストラットのSSサスペンション、小気味よいスポーティなハンドリングを実現。スタイルは直線基調でグラスエリアを大きく取り、広々感を演出しています

 

 

 

出典:http://www.wald-licht.com/

 

 

 

また、上級グレードXGの後席は、①ドアの内張りとシートの背もたれ部が独特の形状をもつ「ラウンジソファシート」が設定されました。


よって、適切ではない記述は①「リビングソファシート」で、正しくは「ラウンジソファーシート」でした。

「くるまマイスター検定」では、このようなひっかけ問題も出題されることもありますので注意してみてください。

 

それでは、引き続き解説を確認していきましょう。

 

 

爆発的ヒットで世間も認めた!

 


発売後、ファミリアのコンセプトは見事的中。

瞬く間に生産販売台数を伸ばし、生産開始から27ヶ月で100万台を達成、月間販売台数も1万3千台を超えました。

そして、当時のトップ「トヨタ  カローラ」を抑えて何度もトップに立ち、マツダを危機から救ったのです。

 


また、イメージカラーの赤や上級グレートのXGから「赤いファミリア」「赤いXG」などの名前で親しまれ、他社の販売店では「赤いファミリアください。」と訪れたお客様に、マツダの販売店を案内するというエピソードもあったそうです。

 

出典:http://www2.mazda.com/

 


販売面以外でも評判は良く、②第1回「日本カー・オブ・ザ・イヤー」受賞車となったほか、アメリカやオーストラリアでも賞を受賞するなど、国外の評価も高いクルマでした。

 

 

 

ターボ化にも対応

 

出典:http://www2.mazda.com/

 

 

1980年代は、国産車に上級車から軽自動車までターボ化の波が押し寄せました。

5代目ファミリアも1983年のマイナーチェンジで、3ドアハッチバックと4ドアセダンに③ターボグレードが追加され、エンジンの高出力化に対応しました。

 

 

「赤いファミリア」によって生まれた文化

 

若者を中心としてヒットした、5代目ファミリア。この時代の若者がクルマに求めていたものは、単なる移動手段ではなく、趣味に利用したり、クルマを使ったオシャレを演出することでした。
 

 

出典:http://homepage1.nifty.com/

 

 

当時サーフィンが人気だったことから、実際にはサーフィンをしないにもかかわらず、サーフボードをルーフラックに乗せた「赤いファミリア」が急増。④「陸(おか)サーファー」という流行語を生むきっかけになったのです。

 

まさに、若者がマリンスポーツやウインタースポーツなどにクルマを使い、アクティブに趣味を楽しむ時代のはじまりだったと同時に、クルマをドレスアップしてオシャレさを演出する時代の幕開けでもありました。

オーディオを社外品に変えて、ユーミンや山下達郎の曲を編集したカセットテープを車内で流したり、外観をファミリアから輸出仕様「Mazda 323」のバッジに変更したり、ドレスアップされた個性的なファミリアがたくさん存在しました。
 


このように「赤いファミリア」は、新しい時代のライフスタイルにマッチしたモデルであり、つくる人、乗る人、みんなを笑顔にした偉大なクルマだったのです。